新型コロナウィルス肺炎の猛威が広がっています。
現在ビジネス 「涙なしには読めない…武漢肺炎に最初に警鐘を鳴らした医師の「遺書」
彼は生きとし生ける者のために話をした
近藤 大介『週刊現代』特別編集委員
に、次の記載がありましたので、引用させていただきます。
私は砂粒となる前に、故郷の黒土白雲のことが、また想い浮かんだ。子供の頃を何度想い返したことか。風は舞い降り、雪は真白だ。
生きられたら本当にいいのに。でも死ななければならない。もう二度と妻の瞼に触れることもできない。子供を連れて東湖の春の日の出を見ることもできない。両親を連れて武漢大学の桜を見ることもできない。白雲の深いところまで凧を揚げることもできない。
たまには、まだ生まれぬ子供の夢を見ることもある。彼もしくは彼女は、生まれるやいなや、大勢の人の中から私を探す。子供よ、ごめんなさい! 私には分かっている。あなたはただ、一人の平凡な父親だけを求めているということを。それなのに私は、いつのまにか平民の英雄になってしまった。
まもなく夜が明ける。私は去らないといけない。一枚の保証書を持って(李医師の病気を公傷にするという武漢市政府の証明書が出された)。これは、私のこの世で唯一の携帯品だ
私を理解し、愛してくれた世間のあらゆる人々に感謝する。黎明の頃、私が山の丘を乗り越えるのを皆が待っていることを、私は知っている! だが、私はもう疲れ切ってしまった。
この世で、私は泰山より重くありたくない。また鴻毛より軽いことを恐れてもいない。私の唯一の望みは、氷雪が溶けた後に、皆々が変わらず大地を熱愛し、祖国を信じることだ。
春の雷鳴が鳴り響く頃、もしも誰かが私を祈念したいというなら、ごく小さな墓碑を立ててほしい! 別に偉大だとか書くことはない。ただ私という人間がこの世に存在していて、姓と名があって、畏れを知らなかったと証明してくれればいい。
墓碑銘に添えてほしいのは、この一句だ。
彼は生きとし生ける者(蒼生)のために話をした
李文亮医師
新型コロナウイルスの発生に対して12月31日、初めて警鐘を鳴らした湖北省武漢市中心病院の医師。自らも感染し入院、ご逝去。享年34。
李氏には妻と5歳の息子がいて、今年6月に妻が第二子を出産予定だったとのこと。
国は違っても、生命を守るという医師の使命を尊ばれ
その自己犠牲的行為に尊敬の念を抱くとともに、心より哀悼の意を表します。
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